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chiipuri’s diary

気の向くままにつづる日々のあれこれ

こころの旅をつづけるよと彼は少しさびしそうに笑った

 飛行機の尾翼に光が反射し、そびえ立つ厚い雲の山々と、地上では見られない澄んだ空の青を見ていると、

もう、彼はいない世界なんだということが鮮烈に胸に迫ってきた。

それまで保っていたこころの糸がまた切れた。

 

 同い年の従兄弟が、還らぬ人となってしまった。

 + + +

 

くも膜下出血を突然発症し、10日ほど意識不明のまま、逝ってしまった。

 議論好きで、身近なことからシリアスなことまで常に問いを発信し続ける彼に、大変な刺激をもらっていました。ときにネガティブな話で共感できる(だからこそ溝も深まる危険性を孕んでいるがそれもまた楽し)、しかしながら、何か深いところでのつながりを感じる、とても貴重な人間関係を感じていました。

大学時代と卒業してから彼が関東を離れるまで、数回会ったくらいという、それほど一緒に過ごした時間は長くなかったけど、離れてもどこかで彼もがんばっているんだと思うことがどれほど心強いことだったか。

20代初めのころ、今よりもはるかに脳天気でミーハーな私はだいぶ無神経な発言を彼にぶつけていたと思う。

彼もまた、 自分のユーモアが通じないときや私の無知さ加減に対して、あからさまにがっかりしたり苛立った態度を見せたりしたっけなぁ。当時はそんな彼を冷たい人だと、ときにショックを受けたりもしてたっけ。

厳格な家庭環境やプレッシャーで自分の道に長く悩み苦しんでいたようだったけれど、

思い出す彼の顔はいつもアルカイックスマイルを湛えている。それは彼の美学だったのかな、と思う。

葬式のときに奥さんと初めて会い、どんな人でしたかと聞くと、小さなことでも面白がる人だったという。すごく納得するとともになんだか救われる思いがした。ささやかな日々のよろこびをふたりが共有しているところを想像した。

 

 大学のとき 一度、彼の部屋に訪れたときに壁に絵が飾ってあって、それはダヴィンチの描いた女性のスケッチであったように思う。彼は淹れてくれた中国茶を一緒に飲みながらその絵をうっとりと眺め、「この絶世の美女を見ながら呑むのが最高なんだよ」と言った。この場合の呑むは無論、酒である。寂しそうじゃない?と私が聞くと、ちょっと寂しそうな人に惹かれるんだよね、と言ったような気がする。

 わたしはそのとき、女の表情が男っぽいなぁと思ったのを覚えている。

この絵だったかな…。

 

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人は何かに悩んだときに解決の糸口を見出す。あるいは見出そうとする。

彼はその問いこそを、だれかと共有しかったのだと思う。問いを立てることに価値を、重きを置いていたように思う。人生の意味を、ときに誰もがぶつかる根源的な問いを、真剣に、シリアスに目をそらすことなく向き合い、誰かと真剣に議論したかったんだ。いつか彼が中国の禅の思想を研究することを選んだことを風の便りで聞いたときは妙に納得したものだった。

少しでもその問いについて共有できた時間は、想像力ととことん考えるじかんでメンタルを激しく揺さぶられる時間だった。自分がいかに既成の価値観のなかに縛られていたことに気づかされ、新しい扉を開いて少しだけ自由になれた感覚を感じることが多々あった。

葬式での弔辞で、だれかが「僕の人生はそんなに悪くなかったよと言っていそうな気がします」と言ったことは少しだけ慰めになった。

 

20代半ばごろ投げかけられた、ひととひとってほんとうにわかり合えると思う?

という問いは、

今は、わかり合うためにはどうすればいい?という問いのように感じられるようになった。

彼がいなくなってしまった今となっては。

 

…わかり合えなかった場合どうしたらいい?

と、つい国家間の亀裂が深刻化し顕在化している今の世界に重ねて考えてしまうね。

 

あるいはわかり合えないと思っているときには自分のこころに何が起きているのか

よく自問自答してみたほうがいいのかもしれない。

 

若いころ、一緒に遊んだ女友達とふたりして即答して(わかり合えるはずないでしょ、ってね)、唖然…?閉口…?(語彙貧ですみません)させちゃったのを今でも鮮やかに覚えている。

だいたい女ふたりと男ひとりの会話は、男の精神を消耗させるんだ、みたいなことを言っていたのが今思い出してもくすりとしてしまう。ごめん、そこは笑うとこじゃないよね。彼はなにかかわいい雰囲気があったのだ。

そんな話をした上野駅構内の広いカフェにて。Ben FoldsのAnnie Waitsがかかっていたっけ。

 

彼のいない世界ははてしなく心細いけど、

わたしはまだここにいます。

ちょっと元気になったのでここに記しておくね。

たくさんのひとと笑顔を共有できますように。